「学ぶ喜びの地域づくりを考える会」主催による
講座「地域づくりのための会議ノウハウ」

講 座
「地域づくりのための会議ノウハウ」
平成19年度現在 宮若のまちづくりを考える会



第1回   講話1 「会議のノウハウは『ゼロサム』の意味から学べ」

第2回   講話2 「人の話を聞くこと・伝えること」
〜話し方には「型」がある〜


第3回   講話3 「会議のすすめ方の要件」

第4回    講話4 「会議に役立つディベート効果」

第5回  「きちんと聞き取り、納得できる話し方を身につけよう」

第11回  子育てにおけるメデイアの弊害と地域住民のかかわり

事 業 の 概 要
 
 

  ○ 事 業 名  講座「地域づくりのための会議ノウハウ」
  ○ 主 催 者  「学ぶ喜びの地域づくりを考える会」(代表 渡辺百合子)
  ○ 会  場  宮田町地域交流センター(宮田消防署の一軒隣り)
  ○ 講座内容  o 地域づくり関連の素材を用いて会議のノウハウを習得する。
             o まちづくりに主体的にかかわる意識の向上をめざす。
  ○ 事業形態  講義と演習 毎月1回(8回予定、各回2時間)
       
 

 ○ 目  的

 地域住民が地域社会に関心を持ち、主体的に地域活動に参加していくことは、重要なことである。住民の一人である私たちは、その参加の中で、問いただしたり、意見を述べたり、まとめたりするなどしていく力を高めつつ、自ら地域づくりしていくことが大切である。そのことによって、男性と共に女性もこれまで以上に地域づくりに貢献していきたい。
 よって、本講座を通して、地域づくりへの関心・態度、そして地域づくりへの対処していく力を高めることを目的とする。


   必 要 性

 近年、豊かな町づくりのために、行政への住民参加、あるいは、様々な場面で末端まで広く意見聴取するための会議等が実施されています。また、男女共同参画社会が進んでいるためか、女性も会合に出席して意見を述べる機会が多くなりました。
 しかし、その場で発言したり、会議をまとめたり機会をつくることがなかなか困難となりがちでした。特に女性は会議に参加したとは言えないことが多々あり、本当の意味での男女共同参画社会を形づくることが難しい状況があります。
 したがって、研修会や会議等において説得力ある発言をし、考えなどをまとめていくためには、女性として、また男性として自らの力を高めることが必須であると痛感する人が増えていますので、是非、会議・話し合いにおける力を高めるための研修を望みます。


  事業のスケジュール
 回 各 回 の 内 容 講 師 実施月
 第1回  講義「話し合うとは」
〜会議のノウハウは『ゼロサム』の意味から学べ〜
  (当研修会オリエンテーション)

福岡
 工業大学
 
  池田賢治
  先生
 
 4月27日(日)
  19:00〜21:00
 第2回  講義・演習「人の話を聞くこと・伝えること」
〜話し方には「型」がある〜
 5月31日(土)
  19:00〜
  21:00
 第3回  講義・演習「会議の進め方」(仮題)   6月28日(土)
  19:00〜
  21:00
 第4回  演習・講義「会議に役立つディベート効果」  7月19日(土)
  19:00〜
  21:00
 第5回〜8回  「コミュニケーションの基本」(市民になぜ議論が必要か)
佐賀大学

  佐長健司
    先生
 
第6回〜11回は省略(本HP担当者の力不足! <(_ _)> 
 第9回  「会議で役割を果たす」 福岡県立
 大学
 高間 満
  先生
12月 6日(土)
  19:00〜
  21:00
 第10回 自然災害における歴史的考察 鞍手農業高校 
澤田憲孝先生
1月24日(土)
 第11回 子育てにおけるメデイアの弊害と地域住民のかかわり 福岡教育大学教授 井上豊久先生
 第12回 宗像市の生涯学習の取組とまちづくり 宗像市生涯学習課
伊豆丸課長
3月13日(土)




「学ぶ喜びの地域づくりを考える会」主催による
 講座「地域づくりのための会議ノウハウ」
 を始める当たって


講師 福岡工業大学 池田 賢治 先生



 第1回 「会議のノウハウは

『ゼロサム』の意味から学べ」



1 あなたは自分を捨ててでも地域に貢献できるか
 地域で何かお世話をするような人がいればそれは宝です。ところが何か意見は言うけれども、自分からそれに直接かかわろうとしない。それだけのことを言うのなら、自分がやればいいのに。このようなかなり人任せの人が多い。批判をすることだけなら私たちは簡単にできる。
 誰かがやらねばならない。社会の中ではその役割は誰かがやるんですけれども、誰かがやろうとすると周りの人々が批判する。たしかに私だって批判はすることも多いし、「じゃやれよ」と言われたら尻込みをするところがある。
 地域の人のために何かをしようとすると、人のため、地域のためというように、自分を捨ててでも貢献しようとする人でないとやっていけない。そういう人が増えていかないと地域は良くならないであろうということが感じられます。
 あなた自身は、捨てる方ですか、見ている方ですか・・・・・・。

2 学ぶとは、まねる、そして・・・能力開発
 では具体的な話に入ります。
 まずこのサークル名の「学ぶ」とは何だ。「地域づくりとは」、「学ぶ喜びとは」そのようなところから考えていきたい。

 「学ぶ」と言う言葉はもともと「まねる」という言葉でした。「人の言動をまねていく」これが「学ぶ」ということです。「反面教師」と言う言葉の意味の「こういうことをやってはいけない」というように、まねるという意味合いばかりでなく、学んで自分を見返りつつ成長していくのではないでしょうか。

 「まねる」ということは大切なことですが、それとともに「創造力」ということがまちづくりにも必要ですね。よくこんな言葉を耳にすることがあります。「創造は模倣から始まる」という言葉があります。例えば一流の画家が最初にやることは、基本的なデッサンから始めますし、一流の画家は、他人の絵を正確に描く、つまりまねることがものすごくうまいのです。卑近な例ですが、タモリさんというタレントがいますね、この人は実にまねるのがうまい。いろんな外国語をシャベリますが、それはでたらめですが「まねる」のが本当にうまい。これが藝の基本といえるのでしょう。また、「藝は盗め」と言ったりします。多くの芸人はこうして師匠から盗んで(まねて)学び、そこから新しい藝を創ることになっているのでしょう。

 では、何のために学ぶのでしょう。それはやはり自分を成長させたいからですね。
 では地域の中で、組織の中でなぜ学ばなければならないのでしょうか。それは学ぶことによって、いろんな能力が開発されるということですね。この「能力開発」が一つの目的ですね。

3 個の成長と集団の成長は「喜びを分かち合う」こと
 個人の成長と集団の成長の関係を考えないといけません。では、女性の方なぜ化粧をするのでしょうか。出かけるときしかしないのではありませんか。自分以外の人がいるときに、化粧をするのではないでしょうか。こうして化粧すると他の人に良い印象を与えたりして良い意味での影響を及ぼす。つまり学ぶと言うことは、他の人に良い影響を与える。それが能力開発の一番の目的です。社会(集団)に貢献できる個の能力を開発する。
 こんなことがあった。すごいコンピュータ開発能力を持った人が職場でコンピュータ関係の仕事をとしようしない。その理由は「この程度の給与ではやる気がしない」と言うのです。これでは個人の能力を発揮していないことになります。個人の能力は利得を求めていては、その能力の発揮はむつかしい。これでは、その人は個人の能力は持っていても、喜びは感じないのではないでしょうか。損得でなく、個人の力を地域ため、人のために発揮することが大切です。そうしたときに集団への「存在感」「喜び」が高まるのではないか。ボランティア活動があるが相手が喜んでくれる姿を見て、喜びが生じて来るのではないでしょうか。このことが俗に言う「喜びを分かち合う」ということになりましょう。

4 「・・・づくり」の意味合い
 地域づくり、まちづくりは、そんなに古い言葉ではない。「づくり」の言葉の響きは草の根的なものを感じます。都市計画というと固いが「まちづくり」というと、草の根的な柔らかいものを感じますね。
 また「参画」と言う言葉も聞かれるようになってきました。たとえば男女共同参画とかですね。まぁ、とにかく地域の全員がまちづくりに「参画」していくというように、この参画という言葉でもって「まちづくり」「地域づくり」は象徴されているのではないでしょうか。

5 「主観」と「客観」を自覚できる自分へ
 ところで、人間は誰しも自分だけが得したいというエゴを持っています。しかしそれでは社会(集団)の中で生きていくことができないことを知っています。そこで相手の立場を考えたり、自分を捨ててかかわっていくような行動をします。こうして人間関係を保つことができますので、この利害の考え方は大切です。
 しかし私たちは、実は自分のことを客観的に見ることが苦手ですね。死ぬまで自分を客観的に見られない。自分の中からの目でしか見られない。みんなそうなのです。しかし相手のことはよく見えますがね。とにかく、こうして自分を客観的に見ていくように努めましょう。自分を外から見る努力が大切です。

 それから外に出て一度社会を見てみませんか。これが必要なことです。この「主観」と「客観」ということを述べてきましたが、この二つが「会議ノウハウ」にものすごい関係があるのです。
 会議になって自己主張を徹して貫く人がいます。これは好ましいことではありません。会議構成員全体のことを考えていくことが大切です。自分と同じ意見の人ばかりではないんだと、「客観的」に見つめる姿勢がないと会議・話し合いというのは充実したものにはなりません。一人が満足しているようなときは、他人は不満足です。たしかに社会はそうしたものかも知れません。
 ゼロサムという言葉がありますが、ゼロ(0)は何もないという意味でしょう。サム(SUM)は英語で合計という意味でしょう。世の中は基本的にゼロサムというシステムです。例えばパチンコ屋で皆が勝つことはありません。一人が勝つと誰かが負けています。パチンコと同じように、会議でも、誰かが満足すれば誰かが不満を感じます。しかし一人ひとりがやや「主観」的に不満足を抱えながらも、「客観」の目から話を進めていくと、全員がある程度満足していく話し合いが進められていく。これが大切ですね。会議のベースでしょう。
 よって「主観」と「客観」を自覚しつつ参加していくということが大切になるのではありませんか。これが言いたいのです。(30分)
以上が、この講座のプロローグです。
 では、会議のすすめ方の具体的な展開に入りましょう。
 

第2回 「話し方・伝え方」
〜話し方には「型」がある〜

講師 池田 賢治 先生


   1 批判を克服せよ
 三浦雄一郎さんがエベレスト山最高齢者と報じられていましたが、70歳という年齢でこうしたことができることは信じられない。その人の登頂後のコメントは「頂上に立って、じっと登ってくる他の人を待つのが大変だった」と言ったそうです。凄いことですね。
 エベレストに立つということは並大抵なことではないのです。一人の人が立つといっても、絶対に一人でエベレストに立つことはできない。シェルパとか数百人とかいった多くの人が出かけ、徐々に少なくなって最後に一人の人が頂上に立つのです。すなわち縁の下の力持ちがいるのです。それに伴って、食料の残滓とか酸素ボンベとかいったゴミなどをすてていかないと頂上には登れないのです。これは仕方のないことです。これらのゴミを集めに行くような野口健さんに代表されるような人たちが一方にはいるのです。
  こうして世の中は成り立っていると思うわけです。何事にも実行するにはいろんな苦労があり、努力があるのです。例えば、エベレスト登山で出たゴミの回収をしている登山家もいるのです。それは野口健さんという方です。実際にやっているのです。こうしてエベレストへの登山家たちは良い気持ちで登れることになります。ところがですよ。野口健さんを批判する人がいるのですよ。「売名行為」だとか、「金儲け行為」だとか、たしかにコマーシャルにもでていますがね。
  こうして、世の中には、どんな行為にも批判する人がいるのです。批判するだけでなく、よく全体を客観的に見て、自分のいたらないところを見つめ直し、改めていくような気持ち・態度がないといけません。おそらく会議などにおいて、もめることがありますよね。そんな場合でも、ただ攻撃をしたり、批判をしたるするのではなく、会議をまとめるように努め、
反対意見に対しては、それを克服するような意見を出していくことが肝要でしょう。
 もう一つの例に、世の中にはびっくりするようなことがありますよ。乙武さんという方がいますよね。「五体不満足」だったですかね。その本がベストセラーになりました。その本に対してある障害者の団体から批判が出まして「自分の身体のことを何で金儲けに使っているのか」というような、信じられない批判がありました。とかく世の中はそんなものかも知れませんがね。
 このような批判する人、足を引っ張るような人が少ないときはいいのでしょう。会議においても、足をひっぱるような人がいても、それを何とかおぎなっていこうとするような人がいるとき、また足を引っ張るような人が少ないときはよいのでしょう。
 また例を述べましょう。最近、地方分権ということをよく聞くようになりました。ある町で、いくつかの地域に分け、幾ばくかの予算をつけ、思うように活動してよろしいという政策を町長さんが打ち出したと、ある新聞で読みましたが、このような分権、つまり権限を与えるともめ事が増えることにもなるのです。その分権も実に困難なハードルがあることを踏まえていかないといけません。権限を与えるとは、もめ事も増えやすいことにもなりましょう。それをうまくやろうとするには、一人ひとりの構成員の努力が必要です。構成員であるすべての住民に利するようになれば、この権限はよいことになります。住民のみなさんの努力に期待したいですね。会議でも、権限をたてに主張するよう人がいればうまくいかないのです。
  しかし、このことを、会議にたとえると、うまく会議がいくようにするには、相当な努力が必要になるということでしょう。どんな薬にしても、ある症状には効いても身体には負荷を与えていますので、マイナス面を忘れてはなりません。こうして会議などでつくった案は一見よさそうに思われても、他面に良くないことが出てくるものです。そういう両面あることを踏まえて会議に参加したり、意見を述べたりすることは実に大事なことです。巧みな話術などで、100%間違いないと思わされることはよくあるものですが、それはあり得ないことです。どんなことにも悪いところがあることを踏まえ、克服していこうとする態度が会議やヒアリングでものすごく大切なことでしょう。

 こうして「聞くこと・伝えること」という会議ノウハウ講座のテーマに近づいてきました。

  2 話し合いとは「分かち合い」
  資料の中の,「●コミュニケーションとは」に入ります。コミュニケーションとは、ラテン語で「分かち合い」という語源からきています。「分かち合う」は一人ではできないので、二人以上が必要になります。分かち合うといっても悪い意味で無視したり、表情で無視したりすることもその意味の中にあるわけですが、ここでは、良い意味での分かち合うようにありたいものです。その意味で、共同作業は大変なのですね。この中に分かち合う精神がないと会議などの共同や組織・社会は破滅してしまうことになりましょう。

 3 話術を高めるには
 話術を高めるために何をするとよいのでしょうか。いろいろありますね。まず発声練習をしましょう。また人前に出てあがらないような訓練をすることが大切ですね。さらに間の取り方を工夫した方がよいですね。なめらかにお話をする滑舌も大事ですね。人の目を見て話をした方がいいですね。
これから話す内容のプロットを下の表に示しておきます。
●声(複式呼吸の重要性)     ●色彩(見た目の重要性)
●姿勢(疲れないことの重要性)  ●滑舌(分かりやすさの重要性)
●表情(顔の重要性)        ●発音とアクセント く許容範囲の重要性)
●視線(アイコンタクトの重要性)  ●間(意味の単位の重要性)
 では聞くこととはどういうことでしょう。話をするとき頼りになるものはなんでしょうか。それは聞き手以外にはないんですよ。聞き手がもしもですよ。話し手を無視するような態度をみながすれば、そこにはとんでもないことになりましょう。聞き手が聞く気がないようになっていたら話術なんて関係ないことになります。実はここがカギなんです。
このように話し合いでは「聞き手」が大切なんですね。全員が真剣に聞くことが大事、どんな意見であっても、たしかにこの「どんな意見であっても」は語弊があるのでしょうが、・・。
 どんな会議でも、よく聞かないといけませんが、それはなぜかというと、みんな発言する権利があるのですから、そこに参加しているすべての人が、肩書きなどにとらわれずに、発言する権利があるのです。このような権利が発生すると、同時に義務が発生することになります。それは全員が聞く義務があるということです。それを果たさない限り、権利を放棄したことになります。このことは、法治国家、民主主義では当たり前のことです。例えば、私は税金を納めません。言いたいことを言わせていただきます。これはまったく当てはまらないことになります。
 聞き手が話し手を育てるのです。一生懸命に聞いてくれると話し手は楽になります。緊張せずに話ができます。いろんなことを工夫して話を進めようとします。とかくどんな会議でも、むつかしいことを言ったりする人がいるものです。そのような人がいると、会議にはアクセントになる場合もあるでしょうが、しかし、聞き手には恐怖になることが多いものです。また、会議などで居眠りなどをする人がいるといけないですね。話し手は気力を失せますよね。そうした学生に注意すると「何も迷惑をかけてないでしょう」と言います。これでは、コミュニケーションが成立しませんし、話し手は意欲もなくなり、成長することができません。聞く姿勢がよいと話し手は楽になるのです。
 会議ではこんなこともありました。誰かが発言してるのに、議長は私語してるのですよ。最低限議長は聞かないと議事進行なんてできるわけありません。
 このようなことから聞き手は話し手を育てるということになります。聞き方の上手な人は、話し方も上手になる気がします。それはお互いの気持ち・内容が分かるからでしょう。
 また聞く技術が人を動かすとも言えます。部下と上司との関係も上司が良く聞いてくれてると言う場合には関係も更によくなるようですね。このことは「話し手と聞き手の相互作用」となります。
 ここでは、話し手にも勿論責任はあります。相手にわかっていただこうとする熱意がないといけません。それも技術の一つだと思うのです。表面的な技術は先ほどいったのですが。この熱意は大事です。例えば、原爆の悲惨さを訴える場合でも、私が話すよりも、被爆体験者が話す方が当然説得力があるのです。ただ意欲だけでは空回りすることもありますからね。

 プレゼンテーション能力とは、ある内容を提示し、伝えて説得、そして相手を自分の意向へと導くことです。このプレゼンテーションは、プレゼントすることと同じように、何かを差し出して相手が喜んでもらうことと同じ意味が含まれていますね。

 プレゼンテーションを支える能力は、プレゼンス、シナリオスキル、デリバリースキルとか言われています。ところでまず大事なことは、その話し手が人間として存在感を認められていない限りはまったく意味のないことになります。シナリオスキルとは、意味内容をどのように説明していくかのスキルになります。デリバリースキルとは、目配り、相手の表情をみながら話をするというようなことです。このようなスキルが組み合わさって、よいプレゼンテーションができることになるのです。個人的に話しをするのとは違い、多くの人に話す場合、パブリックスピーチの場合は、より話す技術が大切になります。いわゆる型(かた)が大切になるのです。たしかに多くの人は、基本的な型がしっかりしていると、分かりやすく聞きやすいのです。
 私の大学の学生も、普段はいろいろな髪型・髪色をしていますが、就職の活動になるととたんにきちんと整髪してきます。それはみんな型を気にしているからです。では型とは何か。それは相手に合わせることでしょう。その面接官の常識的な型にはまらないといけないのですね。そのことを学生さんは知っているのですね。
 このように話にも型があるのです。まず何を言いたいか明確に述べることです。これは聞き手を導くのです。まずどういう意見を言うのかを明確にすること。これも型の一つです。聞き手の立場に立って疲れない話し方をしてほしい。そこでまず「こういう意見の話をする」「Aさんへの補足意見を言わせてもらいます」「反対する意見です」「同意する意見です」「先ほどの話で全体的に賛成ですが。この部分のところだけ反対意見を述べます」「Aさんの意見を裏付ける情報を提供します」こうして聞き手を引きつけ導きます。こうするとメモを取っている人も楽ですね。このように聞き手を疲れさせないことです。
 こんな疲れさせ型もあります。相手の話がよく聞こえない。疲れますね。むろん声が大きくても疲れますね。聞き手を導くことは、相手を疲れさせないことにつきますね。聞こうとする、すると話し手は楽になり、なめらかに話が進んだりします。このように互いに相乗効果が出てきますね。これは相手の話を聞こうとする意欲と同じことになりますよね。

 では次に伝えることに入りましょう。大枠は既に話したところですが、伝えることに関連した「客観的思考と自己主張」に入ります。話し方として大事な面をもっています。まず自己主張ですが、日本人は一般的に自己主張をあまりしないと聞きます。たしかに主張が下手なのです。しかし、主張すべきところでは、主張する必要があります。ただ一方的に主張するだけでは説得力がありませんが、様々な立場の考え方を基にした主張であれば説得力は増します。そこで「私はいろんな意見を聴き、交換してきました。したがって・・・」というような展開すれば、これは説得力が増します。話し手がエゴで主張するようなことでは聞き手はなかなか聞いてくれないでしょう。そこで客観的思考と自己主張とは、客観的な背景をもって、またそれを表現することによって相手がよく聞いてくれることになります。聞き手は「こちらの立場も考えてそういう主張になったのか」ということが見えていれば良いのです。

 よって、効果的なスピーチは、次のような表の内容の通りにしていけばよいのですが、しかし、これらを意識して話をしなさいと言っているのでなく、普段練習をしていけば、本番のときにこのようになるということです。だから本番で実力をだせるということは、普段どれだけ練習をしているかにかかっているのです。
効果的スピーチの要素

・「張りのある大きな(適度)な声」「ゆっくりと落ち着きのある話し方」
 「明確な発音」「間」「読むのではなく、話す(伝える)」
・「タイミング」「意欲」「表情」「アイコンタクト」「姿勢」「相手の反応」
・「論理性」「簡潔さ」「短い文」「文構造」「意味のまとまり」「構成」
 「具体例」「始め方と終わり方の工夫」−「理解度」

効果的スピーチの九つのプロセス
 (佐藤綾子著「自分をどう表現するか」より)

@トピックを選択する
Aスピーチの目的を決める
B中心的考えを定める
C中心的考えを聞き手にわかる ように一般化する
D支持資料を集める
Eスピーチを組み立てる
Fリハーサル
Gスピーチをする
Hスピーチの効果測定
 自信があるとうまくいくのですが、では自信はどうすれば得られるのでしょうか。それは、充分な準備です。あの名演説で知られたアブラハム・リンカーンでさえ「どんなに年の功を積んでも、準備なしには混乱せずに話すことができようとは思えない」といっているのです。そうは言っても、突然話しを求められることもあります。しかし、その様な場合でも、普段から準備をし、経験を積んでいれば、つまり、基礎ができていれば、ある程度の結果は得られます。

 その技術のことですが、まず声は複式呼吸の重要性があります。学生の声が聞こえないことがありますが、彼らはまず意欲がないこと。それに声を出す訓練の経験が過去にほとんどないということ。つまり自分の声が出ていないのです。カラオケで何曲歌っても声がかれない方法、それはちゃんとした腹式呼吸があれば良いのです。
 それに姿勢も大事な要素です。バランス良く立っておくとよいのですね。
 視線も大切ですよね。
 後ろに手を組んで話すなんてあんまりよくないですね。信頼性が薄れるそうです。心理学的にも結構証明されています。大体人前で話すときは、下半身はしっかりしておき、上半身はリラックスしておくことが大事ですね。上半身に緊張感があると聞き手にも緊張が増すのではないでしょうか。肩で息してるとかは、相手が緊張します。

 では、これから、「高齢者を元気にするには」で各班ごと分かれて、その方法を5分間で話し合い、発表していただき、これまで述べてきたことを、演習の中で高めていきましょう。(60分経過)



第3回 「会議のすすめ方の要件」


講師 池田 賢治 先生

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○ 会議とは
 会議で、何事も一つにまとまることはほとんどありえないことです。しかし反対意見があることは良い方向へ導くもとになります。反対意見がなければ深く考えることができないでしょう。いい結論がでないでしょう。自分と意見の合わない人がいることが大切なことです。そのような人がいないと、いい結論がでませんし、成長も望めません。様々な観点から議論することで、より客観的に問題に取り組めるのです。
 会議では一つにまとまるということではなくて、いい結論に導こうとすることが大切です。たしかに会議において、さて今回はなにがまとまったんだろうということはありますが、かといってまったく無駄な会議というのはありません。どんな会議であっても、何か学ぶべきことはありますし、問題点が浮き彫りになることもあるのです。

○ 会議には互いに譲り合いを
 宮崎県の綾町は、自然が豊かな町で、世界遺産に登録しようかという町ですが、今、自然景観の問題で揺れているとのことです。それは何年も前から、大きな送電線建設が決まっていたそうですが、自然景観を壊すと強行に反対している人がいます。すでに決定事項でもあるため、送電会社は困惑しているようです。その賛成の理由として、将来の電力確保などのために必要なものであると主張しているわけです。
 しかし、自然を世界遺産に登録しようという立場の人たちにとっては、そんなものを自然の中に建設するなんてとんでもないと言う話になります。
 このように議論は二つに分かれているのです。世界遺産に登録すれば、世界的にも知名度が高くなり、観光の拡大で経済的な面などさらに良いことが出てくることでしょう。しかし、将来のエネルギーに問題が生じかねません。この対立した議論では、それぞれの立場・目的が違うのです。政治の世界でも、政党、行政、住民などそれぞれの立場により、主張が異なり、問題解決が難しくなるのです。国家間、自治体と国などでも同じことが言えます。これがジレンマです。とかく環境、環境と言っているときは、それにのめり込んで一途になり、互いに偏ったこと、つまり、自分の立場のみの一方的な考えを主張しがちです。
 ではバランス良くいくにはどうしたらよいでしょうか。このためには、双方が、譲り合い、良い方向に向けていこうとするような姿勢を持てるかどうかが問題になるでしょう。

○会議には「目標設定」を
 今日お話ししたいことは「目標設定」ですが、会議をするにしても、なにをするにしても「目標設定をしようよ」ということを投げかけていくことが大切です。
 例えば、先の綾町の問題は、「綾町にとってみたらどういう将来像があるのか」といった目標を設定することが大切です。これが会議などをする場合の基本であると思います。

○ 会議に臨むとき
 そうですね。何でも反対、何でも批判的という姿勢で会議に臨んでいる人に出くわしたこともあるでしょう。対立が前提で、みんなでいい結論を導いていこうなどという姿勢が一切ないのです。しかし、相手の意見に耳を傾け、相手が良い意見を言ったとき、「それは良い意見です」と言うことが大切なのですが、現実はそうはいかいことがあるものですね。そのようなとき、勇気をもって相手に「共感」するような姿勢を示すことは大切なことでしょう。
 会議は、得てして、対立軸のはっきりした議論になることがあります。お互い譲らない場合です。これではうまくいきません。このような場合、いつまでも平行線で、よりよい結論に導くための話し合いにはならず、会議本来の目標とはずれた「落とし穴」に入り込むこともあります。まるでブラックホールに吸い込まれて、何の会議をしているのやら判らなくなる場合もありますよね。そのようなとき、議長または構成員が、毅然とした態度で、そのホールに入り込んでいることを皆に示すことも大事です。会議の現状を客観的に分析し、よりよい方向に軌道修正していかなければなりません。
 会議において資料や情報が提示されることもありますが、その内容が常に正しいとはかぎりません。どのような観点から正しいのか、正しくないのか分析していきながら、それぞれの意見を聞いていかないといけません。提示された資料や情報を客観的に分析し、議論に活かすためには、提示者にその根拠、出所などを問うことも忘れないようにしましょう。表面的に判断していくと、問題が起こることでしょう。
 データや議論においては、科学的根拠や論理性が重要であることは当然です。ただ、科学的な根拠だとか論理性だけでは世の中はうまくいきません。人間関係とか組織間の関係がうまくいっているかどうかも重要な問題です。あるいは、事前に根回し的なことも大切でしょう。様々な要素を考慮し、会議を進めていくことが大切です。
 また、上と同じようなことかも知れませんが、説得力のある優れた良い意見を言ったとしても、他のメンバーにこの人が不信感を持たれていたら結果はうまくいかないでしょう。

○ 会議の種類
 会議には、狭い意味の会議と広い意味の会議があります。
 狭い意味の会議とは、本来の会議です。なにか決定する事項があって、きちんと論議して決定する、これがそうですね。
 広義の会議とは、いろんな目的があっていいのですね。いろんな会議がありますが、情報伝達の会議、意思決定の会議、意見調整の会議などがあります。結論をだす、あるいは結論に導くような会議とは、後の二つの会議でしょう。

○ 会議には「目標・目的設定」を
 情報伝達の会議の場合は、「みなさんに報告するための会議」と目的を言っておくことが大切です。このような目的をはっきりせずに会議を招集するのはいけません。会議を行うときは、その会議の目標・目的を明確にしておくことは実に大事なことです。
 それにこんなこともあってもよいのです。「今日の会議の目標はありません。次の会議にどう進めたらよいか、みなさんの意見を聞いておきましょう」、いわゆる調整をすることも会議の一つです。
 時間を制限するような期限付きの会議もよいが、期限(時間)までに決めようとして無理が生じる場合もあります。

○ 会議には「議長」選択が重要な要件
 会議を円滑に運営するためには、「準備」も大切です。席の並べ方、場所など多くの要素があります。それにより、話しやすい雰囲気になったりするのです。
 その中で、議長も重要な要素になります。議長の選択が大切です。
 例えば、議長がある特定の考え・意見を一方的に採り上げていくようなことをすれば、反対の立場の人たちはその後も協力する態度をなくすことになりかねません。
 意見調整をしていくことが議長の役割ですね。会議の成否は議長にかかっているといっても過言ではありません。発言が長い人もいる。その時は、議長は指摘し、調整することも必要です。
 権限の強い人が議長をするのはよくありません。ましてや最終的な権限を持っているような人は避けた方がよいです。自分の考えと違う意見を排除していくようなことが起きたりします。議長は、客観的な立場でいろんな人の意見を聞かないといけないのです。しかし、そのような権限のある立場の人でもいろんな意見を上手に聞き、調整をしていくような人は確かにいますよね。だけれども、そのような立場の人でも少し控えめにしていろんな意見が出やすいようにして、議論の流れから意見を言うようにしたらよいですね。会議の中身の価値を問う「生産性」とはこういうところにもかかってくるのです。

○ かみ合った議論になるように(議長の役目)
 これまで学校教育では、話し方などの訓練はほとんどといっていいほど行われてきませんでした。会議や議論の方法などはなおさらのことです。最近は、かなり取り入れられてきていますが。訓練を受けていないこともあり、日本人は、スピーチや議論などは、概して、あまり上手くありません。学校でもその教えはしてこなかったのです。会議をする場合、マニュアル的なものを議長が会議の冒頭に示しても良いのではないでしょうか。例えば、「発言するときは、要点を絞って」とか、「誰々の意見について意見を述べたいなどの意思表示をするように」とかのルールづくりというようなものです。
 かみ合った議論かどうかを判断できる人を議長にすべきです。「すみません。その意見は、今の話し合いとは少しずれている」とか。
 議長が発言者の意見を無視することはとんでもないことです。どんな意見であっても、議長が受け入れ、不適切な意見であれば議長が指摘し、発言者に納得してもらう必要があります。会議でも、当然ですが、コミュニケーション能力が大切。その中でも、聞く力が大切です。各々が他者の意見に真摯に耳を傾けない限り、よい結果は得られません。また、自分でかみ砕いてこういうことを言いたかったのだというように、分かりやすくまとめる能力も大切です。「そんなつもりではないのに、違った取り方をしている」など、相互理解ができていないことがよくあるのです。話し手も聞き手も、理解し、要約する力が必要なのです。それぞれの発言や、議論の流れを要約していくのも議長の役割です。これを常時するのもやりすぎかも知れませんが、参加者全員が同じ理解のもとで議論を進めていくよう配慮していかなければなりません。発言内容が分かりにくい場合は、主旨を確認する必要があります。こうすることで、まとまりのある、かみ合った議論ができるのです。議長ってすごい能力が必要ですね。関係者と話しながら意見を聞いているような議長も見かけますが、とんでもないことです。議長が、確認などで会議中に個人的に話さなければならない場合は、会議の進行を一端止めないといけません。
 
○ 会議におけるスピーチの心得
 大きな声で発言すること。聞こえないようなことではまず駄目です。ゆっくりと話す。緊張すると早口になりがちなので、「少しゆっくり目だな」と自分が感じるぐらいで話すのが聞き手には丁度よいことが多いのです。話す場合も句読点を意識して下さい。読むのではなく、「伝える」という意識で話すように心がけて下さい。原稿棒読みはどうも伝わらない。また、意欲がないと伝わらない。伝えよう、理解してもらおうという気持ちがあれば、伝達効率は上がります。原稿棒読みでは、話し手の意欲があまり感じられないことになります。伝達意欲がないと、内容がどんなによいものであっても相手に伝わらないのです。また、各々が、発言の中で使うことばの定義を明確にしておくことも、分かりやすい議論を導く大切な要素です。
 


第4回 「会議に役立つディベート効果」


講師 池田 賢治 先生


1 会議では「要約力」が大切
 会議で大切なものはコミュニケーション能力であることは申し上げましたが、その中で、メモをとること(記録力)も大切な要素です。他の人の発言内容を的確にメモをとることはそれなりの能力が必要です。聞いて理解する力がなければ、的確にメモをとることはできません。斎藤孝先生(明治大学)は、会議で重要な能力は「要約力」であると言っています。発言することは大事なことでしょうが、相手の言っていることをいかに理解しているかが大事なことです。このことが、自分が言いたいことを要約していく力にもなります。自分では、きちんと言ったつもり、聞き手はよく理解したつもり、しかし、実際は、発言者の意図が聞き手に伝わっていない、聞き手が誤解しているなど、相互理解ができていないことが多いのです。これこそコミュニケーション能力の欠如です。雑談などでは問題ないことかもしれませんが、意思決定の場でこんな事がしょっちゅう起こっていると、あまり意味のない会議になりますよね。

2 相手の意見をよく聞け
 まずは相手が何を言っているかを聞く。これは大切な力です。よく分からないときは尋ねるようにしましょう。羞恥心をすててください。これがコミュニケーションの基本です。「今言われたことをまとめて説明(要約)してください」「その言葉はどんな意味ですか」「全体として何を言いたいのか」など、次の議論に進む前に確認することが大切です。たしかに最後の質問例は相手に失礼なのかもしれませんね。しかしこんなことはよくあることですね。その基底には聞き手の理解する力が大切であることは勿論ですが。お互いの理解が一致しないまま議論が進むと、とんでもないことになることは容易に分かります。意味のない会議になります。分からなければ聞く。これは大切なことです。はずかしいという気持ちをすてて聞くことが大切。「もう一度言ってください」などの発言で確認することが、進行上重要な役割を果たすことがよくあります。さて、今回は、ディベートについてお話をすることになっています。以上述べたメモを取る力も大事ですが。その他多くの能力が必要です。会議だけではなく、社会で生きていくためには、様々な能力開発が必要なのです。その意味で、ディベートは、あらゆる能力を開発するための最適な手段とも言えましょう。しかし、このディベートのプロセスでは、いろんな準備・訓練が必要です。これをどう会議に役立てる(役立つ)か、通常のコミュニケーションに役立てるかなど、のちほどお話ししましょう。

3 カテゴリーも学際的にとらえよう
 社会は一人では成り立たないし、いろんな組織があります。あらゆるものが関連性をもって社会が成り立っているわけです。表現されたひとつの概念、言葉などでも、いろんなものと?がっていて、単純に一つの狭い意味合いでは表わすことができない時代になりました。他との関連性を認識しないで、一つの狭い意味でしかとらえられないようでは、今の時代についていけないでしょう。いろんな立場で、各々の関連性を認識し、考えるようにしましょう。「国際的」「学際的」などの言葉は、そのことをよく表していることばです。 例えば、「福祉」ということばを例にとると、社会福祉だとか、介護福祉だとかいろんな福祉があります。住環境福祉コーディネーターという資格がありますが、住環境、建築などの分野が福祉と密接に関係があるということです。住環境とか生活環境など様々な要素を関連させてこそ、建築、福祉の双方がよりよいものになっていくのです。これまでは、建築のことだけ、福祉のことだけ、住宅環境のことだけというように、それぞれの分野を独立させた考え方でしたが、そのような考え方では通用しない時代になったのですね。総合的な知識、能力が必要になってきました。もちろん、今までも、そのような考え方が必要でしたが、認識が欠如していたのです。今でもそうですが。「理系」「文系」を区別する考え方もやめるべきです。例えば福祉って、理系ですか、文系ですか・・。分けられないですよね。医学の知識は当然必要ですし、法的なことを抜きにして福祉のことは考えられないわけです。バリアフリー、などもね。あらゆることが福祉に関連しているのです。心理学と福祉の関係もありますよ。このように、あるカテゴリーがいろんな分野と?がっている、というよりも一体化しているわけです。このような認識で、様々な側面からものごとを考えていくことが大切です。能力開発についても同じことで、すべての能力は関係があり、あらゆる能力の基礎となるものがあるのです。それを、コミュニケーション能力ととらえ、その開発には、ディベートが最適と考えています。

4 ディベートの立場交代の意義 
 ディベートの具体事例を述べましょう。高校生の全国大会で「安楽死」を取り扱いました。
 そのディベートは「安楽死を法的に認めるべきである。是か非か」で、肯定側と否定側に分かれて行われます。どんな議論があったかというと、賛成派は、安楽死を法的に認めない現状では、人権が尊重されていることにはならない。末期ガンで苦しんでいる人々は肉体的にも精神的にもその苦痛から救うことが大切、しかも本人が死なしてくれと言っている、それを法的に認めなければ、人間の尊厳を侵していることになる。本人は、身の回りのことが何もできない。しかし、反対派は、障害を持ち介護が必要な人々は、人間としての尊厳がないのか、といった反論もありました。この賛成派の主張は、自分で身の回りのことができないことで人間としての尊厳が失なわれているということにもなるので、反対派は、身体障害者や寝たきりの人々は人間の尊厳がないという、とんでもない主張だとして、危険性が大であると切り返してきました。
 これはどちらが絶対的に正しいとか言えないものです。安楽死に関して、こんな事例があります。オーストラリア人で、オリンピックにもでられるようなスキー選手が、事故で首から下が全く動かない身になって寝たきりで生活するようになり、本人が、「お願いだから死なせてくれ」と訴えている様子がテレビで報じられました。本人は、人間としての尊厳を失ったと思ったのでしょう。私も、「死なせてあげたい」と思いました。けれども、周りの看護・世話をしているような人々は、彼女に人間の尊厳を感じているのです。みなさんはどう判断されますか。ディベートでは、事例、データなどを用いて、自分の立場の優位性を主張するのです。どちら主張も納得してしまう部分があるのです。どんなものにでも、よい面と悪い面があるのです。
 こうして違った立場で議論していくと、聞く人にとっても、議論をしている人にとっても、今まで気づかなかった部分が見えてくることもあるのです。こうしてディベートは、対立する立場に分かれて議論するのですが、最終的には、ディベートで双方の立場で議論することで、その内容を総合的に考え、まとめていこうとするのがディベートです。意思決定、問題発見のためには有効な手段となるのです。いろんな発想、そして立場で考えることが大切になります。このように異なった立場で議論し合うと、いろんなことを発見したり、気づいたりするものです。

5 会議に生かすディベート
 ところで、会議とディベート、ディスカッションの違いをこれから考えましょう。また共通点を考えましょう。ディベートとは、肯定、否定の二つの立場で議論するゲームです。そののち、ディベートの内容や手法を基に、総合的に考えたり、とらえたりして、実際の会議等に結び付けることができれば、効果的な議論になります。そこに会議との接点、関連性があると思います。その点も考えることにしましょう。
 ある人が、「日本は核武装すべきかどうかきちんと議論すべきである」と言ったことが、「日本が核を持つべきである」と解釈されてか、えらい問題になり袋だたきになったことがあります。これは「日本が核を持つべきである」と言ったわけではなく、「核を持つべきかどうかを議論すべきである」と言っただけなのです。このようなことはよくありますよね。「核武装を進めようとしている」とね。そうは言ってないのにですね。これは日本の社会を物語っていて、根本的な問題は、そのような事柄を議論することに対して拒否反応しているととらえられます。こんなことを議論する事自体が問題だ、といったようにですね。たしかに、私たちの意識にはそのようなことが大なり小なりあるのではありませんか。議論そのものをタブー視するとかいったものがありますよ。しかし、このようなことでは良い社会はつくれないと考えます。私たちは胸襟を開いて議論をすべきでしょう。私たちにはこのような議論ができるような文化的な土壌が不足しているのでしょう。こうした社会ですから、日本は議論しようというような土壌、ディベートが根付く環境は乏しいのです。それでも以前に比べてだんだんと変わってきています。
 会議に於いては、人間性(性格)、人間関係が絡むこともありますよね。話しにくい相手だとか、あの人の発言には何でも反対するとか。あの人は良いことを言うが、普段の行動がいい加減だから受け入れられないとか。しかし、原則的には、会議では人間性や人間関係の問題と議論の内容は切り離して考えるべきでしょう。しかし、普段からの信用や人間性が説得力に影響を与えることは否めません。重要な要素であることは言うまでもありません。
 このように会議ではある程度原則があるのです。これらを認識していないと良い議論になりません。議論と人間、意見と人間などはきちんと切り離していきましょう。つまり、意見の対立なのか、人間の対立なのかを明確にすべきですね。人間の対立というのがよくありますよね。主張していることは同じことなのに、喧嘩していることもありますね。普段は仲が良くないのですね。互いに受け入れる土壌がないのです。感情的になっているのですね。もう一度言いますが、人間(感情)と意見とを分けて考えられるようになれば良いのですが。このようなことを無くすために、企業などいろいろな組織での訓練にディベートが取り入れられているのです。

6 ディベート思考の必要性(プリント)
 ディベートでは、テーマ(論題)を慎重に決めてほしい。これが大切です。いろんな論点が入っていたら議論になりません。論点が絞れるようなもの(論点が一つ)を。ディベートの場合は、議題を「論題」と言いますが、論題を一点に絞るのです。その中に、2つ以上論点がある場合はディベートには不適です。
 会議の議題もそうあるべきです。これがディベート・会議の条件です。それから、ディベートでは、無作為に肯定側・否定側に分かれて議論をします。ジャンケンなどで決める場合もあります。重要なのは、無作為に分かれるということです。自分の考えで議論するのではなく、与えられた立場で、有効な議論を展開するのです。
 ディベートはゲームなのです。囲碁や野球のようにですね。ディベートでの肯定か否定かは、囲碁での白か黒か、野球での先攻か後攻か程度のものなのです。
 私たちは自分の考えを主張したいのですね。その主張が独りよがりなものが会議では結構多いのです。全体(周り)が見えていない発言がよくあるものです。
 先ほどディベートでは分かれるのは無作為と言いましたが、実は、肯定側と否定側の両方の準備をし、ディベートの試合に臨みます。そうすることで、両方の立場が見えてきますし、また、違った立場の議論を検討しないで、一方の議論をすることは本来不可能なことです。まともな議論はできません。ディベートを多く経験することで、効果的な議論とは何か、どうすれば生産的な議論になるかなど、議論力が鍛えられてくるのです。
 大学教授(民間出身)から大臣になった方がいますが、彼は、大臣になる前の大学教授としての発言と大臣としての発言とでは、発言の内容やスタンスが違う部分があるのですね。この方は両方の立場を経験していくのですから、この人にとっては素晴らしいことだと思いますよ。両方の立場からの考え方をうまく取り入れ、行政に活かすことができればですが。与党という立場からの発言もあるわけですから、思うようにはいかないですよ。ディベートでは、無作為に肯定側、否定側と分かれ、また反対の立場でも議論するのですから、いろんな立場で考えていくような姿勢が身につき、相手の立場にたって議論を進めていくような態度が身に付きますよね。
 (資料参照)ディベートには、とにかく明確なルールがあるのです。ゲームなのです。スポーツなのです。細かいルールがあります。もちろん、会議でも法や規定等でルールを定めている場合も多いのですが、会議の場合は、細かいところは、議長の裁量で、臨機応変に対応することがほとんどですね。基本的には会議にもルールが必要です。意思決定する会議の場合は、定足数や決定条件等が大切です。委任状を認めるか、その場合の条件は、等々。このような基本的なルールは規定などで決めないといけませんが、会議の細かいルールは議長に任されている場合が多いのです。そもそも議長がその場でルールをつくっていく場合があります。ディベートではルールをガチガチにつくっています。例えば、発言時間が1秒でも越えてはいけません。このようにディベートは堅苦しいと思われますが、スポーツを思い出してください。野球などもいろんなルールで一杯ですね。それと一緒なのです。会議ではそこまでするとうまくいかないことは目に見えています。言いたいことも言えないではないかと。
 ディベート経験者ばかりで会議をすると、無駄な発言をしたりすることもなく、相手の話を良く聞き、全体として会議がスムーズに流れることになります。スポーツでいうと、ディベートというのは会議への基礎体力づくりとなりましょう。基本的な形作りです。例えば、野球でいえば、ボールをとるときは体の正面でとりましょうというのが基本です。しかし、実践では、正面でとれないボールを、一方の手だけを伸ばしてとることになります。これが素晴らしいプレーになったりします。このようなときにはやはり基礎がもとになっているわけですね。
 ディベートでは、それぞれが立証責任と反証責任を負います。このための主張手法として三角ロジックというのがあります。ロジックとは論理のことですね。その三角ロジックでは、主張は論理的でないといけない、これがディベートの原則でもあります。三角ロジックはディベートでの主張の型です。実社会では、情にうったえることも大切なこともありますが。もちろん、ディベートでも功を奏することもありますが、論理的主張の基本として、三角ロジックは基本的で重要な要素です。情にうったえる場合、論理を飛び越えてしまうことがありますよね。しかし、ディベートでは、論理的であることが基本(原則)です。三角ロジックは三つの要素から成ります。まず「主張」、次に「論拠(根拠)」です。「・・・すべきです」などが主張で、「それはなぜか」が論拠です。会議でも、主張だけをする人がいます。このような場合、その理由を聞く必要があります。「それは何故ですか」「根拠は何ですか」などです。これは会議ではいやがられることもありますが、大変大切なことです。理由を聞いても、「そんなの常識でしょう」と切り返す人もいたりします。これでは理由にはなりません。ディベートでは、的確な論拠を述べない限り、どんな主張をしても受け入れられることはありません。このようなことを身に付け、会議で議論をすれば、実のある議論になるはずです。
 そして、三角ロジックの3つ目の要素が「データ(証拠資料)」ですね。主張に論拠を伴わせ、さらにそれを裏付ける具体的なデータがあれば説得力が増します。
 立証責任を果たすというのは、自分できちんと証明できる。反証とは反対するときに証明することを意味しています。ですから議論の時に「それは証明できていますか」というように、相手に対しても、自分の主張に対しても問いかけてみることが大切です。議論の場では、出席者すべてが同じ発言権を持っているわけですから、年齢、性別、声の大きさなどは関係ありません。議論の中身が大切です。
 ディベートでは第三者が判定を下します。会議でも議決などしますが、勝ち負けではないですよね。ディベートはゲームなのです。会議では、勝ち負けでなく、最終的に最良の結論を導くことがメインですね。つまり共同作業ですね。この意識がないと良い意思決定ができない。その点では、会議はディベートと異なりますよね。ディベートは議論の当事者が投票して意思決定するというのではなく、どちらの議論が良かったかということで勝敗を決める「勝負」なのです。会議は共同作業ですね。会議では構成員で意思決定をしますが、ディベートの場合は判定員が行います。そこは違いますね。

7 ディベートの生産性とは
 そこ(配布資料)にディベートの定義がありますが、広辞苑の定義に、私が書き加えたものです。このディベートを経験し、ディベート思考を身につけ、会議の性格をわきまえていくと会議の生産性が上がるだろうというのが話の目的でした。
 その生産性のお話をしましょう。
 リストラはリストラクチャー(再構築)の意味ですが、ある会社がリストラを行ったあとのほうが生産力があがったとなれば、まさに生産性があがったということになります。会議の生産性とは1時間でどんなことが話し合われたか、決まったかであります。例えばある会議で、半年間会議をしているが何も決まらなかったということがあったとします。このようなときは生産性はゼロ、いやむしろマイナスと言えましょう。勿論、会議では、いろんな要素でもって生産性を評価しないといけないでしょうが。その会議のプロセスも大事ですね。どのような内容・話が交わされたか。結論以外に何が残り、それが今後の組織にどう生かすことが可能かなど記録に取っておくことが大事ですね。ディベートは論議の組み立てのゲームですが、今後の議論や実際の議論に結びつけるということでは同様のことが言えます。ディベートでは、最後までその立場を譲らず議論していく。そして立場を交代してその立場を貫き通して議論する。
8 会議におけるプロセス大切に
 ところが「会議」はその経過・プロセスにおいていろんな意見を聞いて立場が変わっていくことも大いにあることです。これが会議のいいところです。議論をとおして、考え方が変わったりしても良いのです。これが会議のメリットです。なんで会議をするか。その一つにいろんな意見を聞けるから。それによって、自分の意見を再検討し、よりよい結論のための意見を構築できるからでしょう。ディベートを経験しておくと、聞く力、まとめる力、論理性、話す力、時間をコントロールする力など身に付いてくることでしょう。
 ディスカッションというのは、立場を固執せず、いろんな意見を言って良いのですね。この立場に立てということもないし、結論に導かなければならないということもないし、その点が、会議やディベートとは違いますね。ディスカッションの場合でも、ディベートの経験や知識、能力は、大いに役立つのです。
 そこで、なぜ会議のためにディベート思考なのかということを考えてみましょう。ディベートでの準備、議論法などをとおして身に付く姿勢、能力といったものを基本に、会議に臨むことで、無駄な議論がなくなり、生産的な議論ができるようになるのです。いろんな立場でものごとを見つめ、多様な考えを検討していくといった姿勢をディベートで身に付け、会議に生かすことができれば、協働姿勢が芽生え、どんな意見でも、よりよい結論を導くためのものとしてとらえ、生産性の高い会議が可能となります。

 「きちんと聞き取り、納得できる話し方を身につけよう」

講師 佐 長 健 司 先生

○ はじめに
 私たちの周りは、親しい人、気の合う人の集まりではありません。考え方の違う人、初めて顔を合わす人もいます。そのような中で、私的なコミュニケーションの力だけでは生き抜いていくことはできません。しかし、価値観・考え方の違う人と十分に十分コミュニケーションをとっていける力が求められてきます。
 今回は、市民としてこのようなコミュニケーションが必要であると話をしたい。
 市民というのは、行政単位の住民と同じではありません。つまり社会を作っていく一人であるという意味での市民です。
 第1は、市民とか社会とかはどういうものなのかを話しましょう。みなさんは日々実践されていることであるのですが、理論的にお話ししましょう。二番目に市民としてコミュニケーションに議論の必要性を話してみます。またその議論をどうやって学ぶのかが三番目になります。

1 市民、社会とは何か

 社会とか市民という言葉には、深い意味があります。しかし自ら社会をつくっていくものが市民であるとはどこにも聞きません。社会という言葉も世間とか世の中の意味で使われていることが多いものです。きちんとした社会とか市民の意味合いで使われていないのには歴史があります。
 社会という言葉は、明治の文明開化の時代につくられました。明治10年代半ばです。Societyを訳して社会という言葉をつくったのです。しかし社会というのは、市民によってつくられるという性質もので人々の関係です。これが社会の意味なのに、ところが、市民という概念がないときに、先に社会の言葉があったとしてもその意味は分からないですよね。翻訳するときに、社会ができてその後に市民や個人の言葉ができたのです。これで日本では逆にできてしまったということになります。ヨーロッパでは、先に市民という概念がつくられその後に社会という概念がつくられていきました。
 このような過程から日本においては、十分にそれらの意味が理解できませんでした。未だに尾を引いているのです。だから社会という言葉を使わずに日常では「世間」とかの表現を使っていることになるのでしょう。

 この市民社会というのを細かく考えてみますと、3つあると考えます。@政治的な社会を意味している。政治に関係する人を市民ととらえる。ここでの政治というのは集団で物事を決めるということと、とらえてください。このような政治を中心とする社会を「政治的な社会」といいます。そしてそのような社会の中で活動する人を市民と呼びます。この概念は最も古いものです。2500年前のギリシャ・アテネのポリスで生まれたものです。今日の基礎になっていると考えます。
 A「経済的な社会」…ここ数百年の前のことです。経済的関係での中での人々を市民といいます。文明が発展してきますと、都市ができます。貨幣経済が発達します。そして町ができてきます。ところが王様が支配をし始めます。王様が生産物・金品を巻き上げようとします。しかし苦労して得た金を渡すのはいやですね。人々は自由な経済活動を求めていくものです。そのような人々を市民ととらえることができます。そこでの経済的な人間関係もできてきます。それを近代になって市民と呼ぶようになったのです。
 B「ボランタリーな社会」ですね。これは現代のことですね。NPO、阪神大震災などボランティアの活動が増してきています。この町でもボランティアの活動が盛んでしょう。そのようなボランティアの人々がつくっていく社会ですね。

 この中で、とくに@の政治的な側面からとらえる市民、市民社会をとらえる必要があると強く私は思っています。経済的な活動も勿論重要ですが、この場では、@が重要です。

2 市民になぜ議論が必要か

 会議などで何かを決めていかないといけないとするとき、それは政治的ですね。ボランティア社会では、相談し解決し、といった政治的なものはあまり必要はないでしょう。一人でもできる場合もありますね。ただ@の場合に政治家とつながっておかないといけないといっているのではありません。ここでいう政治とは、市民が幸せを願って、互いに相談したり、話し合ったり、つくったりしていくことを意味しているのです。こうしたときに、はじめて民主主義の社会がつくられていくのです。民主主義とは自由に人々が意見・考えなどを出し合っていくこと自体が民主主義なのです。成員の誰もが集団的な決定に参加するのが民主主義の思想なのです。ですから、みなさんがいろんな意見をまちづくりのために出し合っていって行政に反映させていくことが大切になります。

 では、過去の歴史はさまざまな苦い失敗などを刻みましたが、しかし民主主義の社会は強いのです。それはなぜか。誰もが参加するからです。いろんな考えが出てきます。そして全員が一致しなくてよいと決めていて、認めますね。しかし誤解されやすいことには、いろんな意見を出し合った後に、最終的には多数決で決めるでしょう。そうすると、少数派の意見を無視する多数横暴と言う人がいますがそれは正しくありません。正しくはその少数派の意見を残しておくのです。そして暫定的に多数派の意見を実行しましょうというシステムになっているのです。これが多数決の原理です。多くの人が参加するほどさまざまな多くの意見が出てきますよね。意見は一致しなくても良いのだという前提です。ここで大事なことは、もし間違った方向に進んでいったら、少数派の人々が意見を言いますから、間違ったとして方向を修正することができます。

 みなさんここで考えてください。もしもみんなが全員が一致したらどうですか。そうしたら戻れないでしょう。全員が一致していたのですから。修正の意見も持っても出しようがないでしょう。こうして間違った方向に突き進むことになるでしょう。危険なことです。社会には絶対的に正しい政策なり、論理はないのです。だから少数的な意見を残しておくことが必要となります。これが民主主義の制度の優れているところです。

 こうしてくると、民主主義には相手とのコミュニケーションをとる力が求められてくることでしょう。全員一致は考えない方がよいでしょう。相手と完全一致はむしろない方がよいでしょう。異なる意見を持つ相手を尊重していくような姿勢がもとめられてくることでしょう。今の時代は多様な考えを認めようとも言っているでしょう。このような多様な価値観の時代にどうやってふれあっていくのか。市民としてコミュニケーションはむつかしいのかも知れません。このときに議論の重要性があります、その前に人間とは何かということを、考えたいです。

 アメリカのある学者が、人間の条件として三つのことを述べています。@生物科学的な過程…生命を維持しようとする。A自然から脱却…人間は自然から離れ何かを築きながら生きていこうとする。 B多数性…この世に多数人間が存在するいうことが条件。
 こうして@から食べ物を得ようとして労働が生じてきます。Aの自然を尊重しながら、しかし反面自然から抜け出ようとしている。そのために耐久的なものを造り出す仕事です。例えば、芸術作品。Bでは、人と人との議論、コミュニケーション、対話などが生じてきます。
 この三つの条件のうち仕事と労働は他者を必要とせず、プライベートな行為です。ところが多数性を必要とする議論・対話では、パブリックな行為なのです。

 そこで、コミュニケーションについて考えましょう。
 先に話したギリシアのポリスのことです。人口が3万人のほどです。そのポリスは城壁で囲まれています。そう豊かな国土ではない。乾燥地帯ではオリーブが主な生産物です。ポリスに生活する人々の中で女性は子どもを育てることに専念するものとして市民として認められていませんでした。市民権を持ったのは成年男子に限られていました。また、生産活動の多くは奴隷により行われていたのです。そのことは、市民達が、現代と違って、働いて稼がないと暮らしてゆけないという状況にはなかったことを意味しています。政治に関わることが生活の重要な部分であったのです。家長としての家の総統をする以外には広場(アゴラ)で政治などについて話を交わす生活でした。そこでは議長とかを輪番で決めたりして全員が意見を述べあっていました。裁判も市民が行います。陪審員をみんなで行うこともありました。例えば軍資金をどうするかなど話し合っていました。こうしてポリスは政治という語源にもなっていますが、市民としてどうして生きていくかのという意味を持っています。

 私たちは、現在、公的なことからの逃避し、市民としての権利を大切にしていません。政治からの逃避が目につきます。議論が少ない。今日は議論する人を「まだ大人になっていない」とかさげすむこともあります。大人になると静かにしている者という観念さえありました。これでは自主的になることが大事であるのに、ますます意見などを言わなくなってしまいます。
 しかし一方では、公的な市民も増えてきています。論議することは市民として成長していくことにもなっています。公的な関係につながってきています。アメリカにも学びたいものです。例えばPTAも人事に関することも議論します。これは確かにアメリカの文化は日本と異なります。しかし議論していくことが自分自身の幸福につながっていることをポリスやアメリカの例からも学びたいです。

3 議論をどう学ぶのか

 しかしここで問題が生じます。自分でそのパブリックな世界において意見を言うことができますか。苦手である。ではどうして市民としてなるか。議論を技術的な側面は絶対ではないが、その技術を勉強していきましょう。
 議論とは根拠に基づいて結論を言う・出すことです。当たり前かも知れないが、よく結論ばかり言いがちです。
 討論では批判を加えていきます。批判されることはつらいですが、批判がたくさん出てきた方が内容が高まります。お礼を言いたくなるものです。批判を大事にして欲しいです。
 次回からはディベートを学びます。できるだろうと予感がみなさんの表情を見て・・・。

                以上 ほぼ1時間半講話の荒削りな要約です。 文責 藤渕 

 「子育てにおけるメデイアの弊害と地域住民のかかわり」

講師 井 上 豊 久 先生


以下は、井上先生の講話をもとに、当会員により地域と子育ての視点から記してみました。

  乳幼児期から思春期まで、日本の子どもたちの心とからだの危機は深刻になっている。例えば、無気力であり、親の言うことを聞けないがメディアから感化されやすい。さらに嗅覚と触覚と味覚(動物としての基本的感覚)が鈍い。自己制御力の不足などなど。
その背景に、“乳児期からのメディア漬け”があるのではないか。
その対策として、
@ 3歳(少なくとも2歳)まではテレビを視せないでおこう。
A ノーテレビ運動をしよう。テレビを視ない日を設けよう。
B テレビに子守をさせないでおこう。
C 食事中はテレビを消そう。
D 漫然とテレビを点けたままにしないで、選択してみよう。
E メディアリテラシーを育てよう。
F メディアを通してでなく、直接生身の人間が語りかけよう。ふれあおう。
G ファーストフードですますのでなく、きちんとした食生活をしよう。
  つまり、大人の問題である。われわれは、商業主義と便利さ簡便さに流され過ぎて大事なことが損なわれていくことに無防備すぎないか。
  一人でも実行できる対策はまず実行を。
家族の協力が必要。男女が共通理解をしていっしょに対策を実行。
  良くない物の不買い運動は社会をかえていく強い力である。それなのに、地域の人々と話し合って運動をしないのは、主権者としての目覚めがまだ一歩足りないと言うことかもしれない。必ずしも議員にならなくても、地域住民として、家族の人としての地域や次世代のためにできることは沢山ある。勇気と根気をもって、できることから行動しよう。
<資料> 2歳児までテレビ我慢を (毎日新聞から)
 母親7割「授乳中にも視聴」−−日本小児科医会が提言
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◇言葉発達に悪影響、親と視線合わさず

 2歳児まではテレビ・ビデオの視聴を控えめに――。日本小児科医会(師研也会長)は6日、「子どもとメディアの問題に対する提言」を発表し、乳幼児がメディアに接する時間を制限するよう呼びかけた。テレビやビデオを見る機会が多い乳幼児に、言葉の遅れや他人と視線を合わさないなどの問題が多く見られるという。同会は近く会員の約7000小児科医に対し、メディアの視聴時間などが記入できる問診票を配布し、本格的な実態調査をする。【須山勉】

 提言では、(1)授乳・食事中はテレビ・ビデオは止める(2)小学校入学前の乳幼児はメディアと接触する総時間は1日2時間、テレビゲームは同30分までが目安(3)子ども部屋にテレビ、ビデオ、パソコンは置かない――などの注意事項を挙げている。米国の小児科医らも99年、2歳児まではテレビを見せるべきではないとの警告を出しているという。

 同会によると、言葉が遅れていたり、視線を合わせない、友人と遊べないといった乳幼児が最近、臨床現場から数多く報告されるようになり、そうした家庭ではビデオやテレビを長時間見せている例が目立つ。小児科医が視聴をやめるよう助言したところ改善したケースも少なくないという。

 提言をまとめた同会「子どもとメディア」対策委員会の内海裕美さんは「親子が顔を合わせて遊んだり、外で遊ぶ時間がなくなったことが、子どもの健全な発達を妨げている可能性がある」と指摘している。

 ◇上手な活用を

 幼い子供とテレビなどとの関係について、専門家は「メディアを否定する必要はないが、上手な活用方法を心がけることが重要だ」と指摘する。

 福岡市の市民団体「子どもとメディア研究会」(現・子どもとメディア)の実態調査では、1日にテレビがついている時間が長い家庭ほど、保護者と視線を合わせない乳幼児が増える傾向にあることが分かった。

 調査は02年秋、4カ月・10カ月・1歳半の乳幼児を持つ母親ら約1000人に実施。4カ月児のうち、保護者が目を合わせようとしても視線をそらす子の割合は、1日にテレビがついている時間が0〜3時間の場合は37.5%、4〜6時間では65.2%、7〜9時間では90%、10時間以上では96.6%に上った。

 また、4カ月・10カ月児の母親ら840人のうち、母乳やミルク、離乳食を与えている時にテレビをつけていると答えたのは、67%に当たる563人だった。

 一方、茨城県立こども福祉医療センターの家島厚医師が診察した4歳7カ月の女児は言葉がうまく使えず、保育園でも光のある方向ばかりを向き、集団行動がうまくできなかった。母親に生活状況を聞いたところ、0歳時から家庭で育児ビデオを長時間見せていた。見せないよう助言したところ、約1カ月で症状が改善したという。家島医師は「5歳以上まで続けると、問題点が改善されにくくなる」と指摘している。


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