宮若市の北部、靡山(なびきやま、296m)の山懐にいだかれた上有木谷の地から発見された木造如来形坐像は、昭和57年4月に県文化財指定を受け、また昭和59年度には所有者の谷組合が、県・町の補助金を受けて、財団法人美術院の手で仏像修理が行われました。
 仏像は榧(かや)材で作られ、丈約84p、膝幅約66p、胸厚21pの一木造の坐像で、頭部には小さな螺髪(らはつ)をつけた肉髻(にくけい)をしています。また張りのある顔は、大きな眼と眉により強調され、静かな中にも力強い雰囲気がうかがえます。
 顔や造りには、平安時代前期の彫刻様式を感じますが、全体的には穏やかで鼻が高く顎を出した横顔など、宇佐地方の仏像に近いものがあります。
 これらのことから、木造如来形坐像は、11世紀頃の平安時代後期に造られた北部九州を代表する秀作の一つといえましょう。
 また、木造如来形坐像は、古文書などから、靡神社の神宮寺であった天徳山大行事の本尊と思われ、平安時代終わりの末法思想、浄土思想の中で仏教文化が華咲いて行きました。
 現在この坐像は、下写真の祠に保管され鎮座されています。  

(「宮田町歴史散歩」宮田町教育委員会発行から)

○ 位置 宮若市上有木集会所前広場にあり
百塚古墳群のすぐ近く

○ 交通便 JRバス六郎丸から徒歩15分 


 この坐像への祀りも年1回ほど催しされているとか。蝋燭をたくさんにつけて行われているそうです。
いつか訪れてください。

(県文化財指定)
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木造如来形坐像