奥藤 稔 様 紹介
   
  昭和2年6月5日生まれ、愛媛県出身。小学校6年生のときに宮若市へ転入。社会環境や家庭環境で、学校を長期間欠席している子どもたちへの支援を通して地域ボランティア活動を始める。青少年育成事業からデイケアの訪問など活動の幅は多岐に渡る。現在84歳。



内閣府より
として
宮若市 奥藤 稔 「エイジレス章」表彰
<福岡県内2名だけ>



 「エイジレス・ライフ」(年齢にとらわれず自らの責任と能力において自由でいきいきとした生活を送ること)実践者として、国が表彰しています。

 奥藤氏は、まさにその代表的な方です。私たち宮田町から表彰されたことは、まことに喜ばしいことですね。

 みなさん、拍手を送りましょう。
 おめでとうございます

 そして、これまでに私たちいろいろと教えて頂きました。
 ありがとうございます

  
上写真:平成13年12月8日 宮田町(現宮若市)学校週五日制事業「お正月おかざりつくり」において、子どもたちに囲まれた奥藤氏
(ボランティア連絡協議会会員)
(贈られた表彰状)


 奥藤氏功績の簡単なご紹介 

<概容>
 青少年ボランティアとして、野外活動全般やクラフト活動を長期にわたり行っておられます。その中で県立少年自然の家、福岡県立社会教育総合センター等の青少年対象事業や市町村の公民館活動等にも広く参加し活躍してこられました。
 実は、奥藤氏は、まだボランテイアという言葉もほとんど聞くことがなかった昭和45年頃から、閉山を迎えつつあった貝島炭砿の子どもたちへ生きる力をと、子供会活動などを進められ、今では、福岡県全域に活躍をされているのです。
<やや詳しく>
 日本キャンプ協会福岡支部指導員青少年育成指導員等々の資格を持ち、多くのボランティアで活躍される奥藤稔さんは、平成十二年内閣宮房長官福田康夫氏から「エイジレス章」を受賞されたのを初め、数々の賞を受けられています(最近では、平成15年11月 青少年国民育成会議から表彰)。炭鉱・建設会社という自己の職歴の中で得た技能を昭和四十五年ごろ閉山を迎えつつあった貝島炭鉱の子供達に生きる喜びを与えるのが大人の使命と考え、上大隈公民館の子供会の指導に携わったのを機に、当時宮田町の子供会やボーイスカウト等の指導者であった原町の故園田さんに師事、その指導を仰ぐうち旺盛な好奇心と持ち前の器用さが重なって伝承遊びの遊具作りにはまり込み、今日では県内外各地、宮田町学校週五日制等の各種ボランティアなどで実践指導しています。この方の偉大さの象徴として、県下でただ一人篠栗町の福岡県立社会教育総合センターに「奥藤さんの部屋」さえあります。自宅居間の黒板には各地の公民館・老人会・子供会からの指導要請の行事予定がびっしりと埋まっています。
 自宅の門扉横に花畑を取り除き自分で建てたという「みんなあつまれあそびの家」(下記に紹介)の中に一歩足を踏み入れると、歴史のある美観地区の民芸工芸店とみまちがう程の竹細工・わら細工・曲玉等が所狭しと各々自己主張するように並び、ぶら下がっています(下写真参照)。しかも、良く見ると空き缶・ペットボトル・小さいヤクルトの容器等がここでは生き返り、自然へのやきしさが生きずいているのです。高齢化社会という現実をとらえ「高齢者が自らの責任と能力を発揮し社会への奉仕等生き生きと生活する人」に与えられるという「エイジレス章」を受賞(下記に紹介)されているのもうなずけます。
 他人が何をして呉れるのか求めるのではなく、「自分に何が出来るのか」を考え手作り玩具の作り方を通じて「明るく優しい思いやりのある子」育成に努力されていることを知り、又、それを陰で支えてこられた奥様が光り輝いて見えました。(上大隈公民館だより15-3号を参考)




 これは、何でしょう。みなさまご存じですか。

 実は、篠栗町にある「福岡県立社会教育総合センター」の一階一角に「奥藤さんの部屋」がありますが、その部屋に掲げてある看板です。素晴らしいことでしょう。(これと同じものが「みんなあつまれ あそびの家」にもあります。)



 
「エイジレス章」とは
 


 我が国は、今や世界で最も長寿の国となり、多くの国民がこれまでにない長寿を享受するようになりました。
 このような状況下にあいては、高齢者が年齢にとらわれず自らの責任と能力にあいて自由で生き生きとした生活を送ること(以下「エイジレス・ライフ」という。)が重要であり、また、社会とのかかわりを持ち続けながら、生き生きと楽しく充実した生活を送ることが重要です。
 このため、高齢社会における生き方として、エイジレス・ライフを実践している事例及び高齢者がグループで就労する活動や地域社会活動などの社会参加活動を積極的に行っている事例を広く紹介し、既に高齢期を迎え、又はこれから迎えようとする世代の高齢期における生き方の参考に供するものです。





奥藤さん自宅庭にある「みんなあつまれあそびの家」の紹介

   は  る  時  く     出  竹   ┐ さ  ま  に  き     を  奥  生        母     差          
   願  姿  間  し  学  す  と  昨  あ  す  行  は  奥  育  藤  か  平  こ  屋   ┐ し  学   ┐   
   っ  に  を  て  校  子  ん  日   `  ゜ き   ` 藤  て  さ  し  成  こ  の  お  入  校  お    
   て  豊  忘  始  週   ` ぼ  の  今     先  必  さ  て  ん  て  七  が  玄  お  れ  帰  っ    
   い  か  れ  ま  五  そ  を  続  日     を  ず  ん  い  が   ` 年   ┐ 関  う  て  り  ち    
   る  に  て  っ  日  れ  も  き  は     告   ` は  る  建  丹  の  み  先   ` 庭  の  ゃ    
   と  育   ` た  制  ぞ  っ  !  何     げ  学   `  ` て  精  退  ん  に  い  先  子  ん    
   言  っ  一   ┐ の  れ  て   ` し     て  校  子  ボ  た  に  職  な  建  い  に  ど   `   
   い  て  つ  あ  始  が   ` 車  て     か  か  ど  ラ  も  育  を  あ  っ  ぞ  呼  も  あ    
   ま  い  の  そ  ま   ` 外  を  遊     ら  ら  も  ン  の  て  機  つ  た  !  び  た  と    
   す  っ  こ  び  り  自  に  作  ぼ     来  一  た  テ  で  て  に  ま  小   ` か  ち  で    
    ゜ て  と  の  と  由  い  ろ  う     る  度  ち  ィ   ` い   ` れ  さ  待  け  が   `   
      ほ  に  家   ` に  く  う  か     こ  家  に  ア  子  た  建  あ  な  っ  ま   ` 来    
      し  熱 └   ほ  し  子 └    ゜    と  に   ` の  ど  花  設  そ  家  と  す  垣  て    
      い  中  子  ぼ  て   `          を  帰  遊  お  も  畑  会  び   ゜ る   ゜ 根  い    
      と  し  ど  時  い  工           守  っ  び  家  の  を  社  の     よ     か  い    
      奥   ` も  期  ま  具           ら  て  に  で   ┐ 除  の  家    └      ら  ね    
      藤  工  た  を  す  を           せ  家  来  す  ゆ  い  勤 └             ` ?    
      さ  夫  ち  同   ゜ 持           て  の  る   ゜ と  て  務   ゜          首 └     
      ん  す  が  じ     ち           い  人  と     り   ` を              を       
          `                              └                           




門の左が「みんなあつまれ あそびの家」
横看板が見えます。
 上の写真は、「みんなあつまれ あそびの家」の中で、様々な工作品に囲まれ、これからのボランテイア活動に夢馳せる奥藤さん。

 「みんなあつまれ あそびの家」は奥藤氏ご自宅の左に作られていました(上写真)。広さは2坪ほどでしょうか。奥藤さん直々の手作りの家です。
 左上写真にもあるように、その部屋に一歩入ると、上下右左360度と言って良いほど子どもと夢を語ることができる作品の数々・・・・・、感動です。ファンタジックな世界にも引き込まれます。もう私にはその世界を表す言葉見つかりません。
 
 さあ、みなさん、是非、この家を訪ねてください。



 右写真は、ジュース缶の周りに割り箸を捲き、テープで作られた「鉛筆たて」
 数え切れない作品の中に、竹とんぼがありました。

 驚くなかれ、奥藤さん、毎年1年分、6千個の竹とんぼを作られるそうです。
 それは数多くの学校や団体、子どもたちから伝承遊びのお誘いが相次ぎます。そのために正月から準備に入られるとのこと。

 みなさん、エイジレス(年齢を超越した)の奥藤さんに学びましょう。その「気」を頂きましょう。


 鉛筆立てです。
 ちょっとした材料で、できていますね。
これは、奥藤さんの作品の一つです。
美しい作品でしょう。

本ページの一部は、宮田町ボランテイア連絡協議会発行 「宮田ボラ連だより」第2号を参考資料としています。




子どもたちの笑顔があればそれだけでいい 


 「この竹とんぼは中心が重いき、上に飛ばんよ。ちょっと削ったらいいけん」。竹とんぼに手を加えながら語り掛けてくれるのは、奥藤稔さん。小中学校を始め、デイケアなどで伝承遊びなどをボランティア活動を通して伝えています。

平成22年9月25日、これまでの奥藤さんの活動が評価され、厚生労働大臣表彰が贈られました。今月の「きらびと」は地域活動の先駆者でもある奥藤さんの原点に迫ります。


「私が作り出すおもちゃに子どもたちの目が輝き、遊ぶ姿。はじける笑顔。いつの時代も変わりませんね。子どもたちの笑顔さえあれば本当にそれだけでいいと思っています」。

 本年度、ボランティア功労者に対して厚生労働大臣表彰が行われ、奥藤稔さん(上大隈在住)が表彰を受けました。平成6年に自宅の一部を「みんなあつまれあそびの家」として開放。子どもたちの居場所づくりに尽力してきました。実は奥藤さんのこれまでの活動のルーツを探ると、戦後直後にまでさかのぼります。

 「戦争終結後の日本は混乱しており、学校へ行かない子どもたちが社会問題化していました。私は『このままではいかん』と思いました。何とかして子どもたちが再び学校に行けるようにしようと、山に連れて行ったりなど、支援を始めたのがきっかけです。後にこの活動が評価を受け、昭和47年3月に後の内閣総理大臣、大平正芳さんから『長欠児童援護会(黄十字)』の表彰を受けました。現在で言う各地区にある子ども会に相当するような活動をやっていたのだと思います」。

 奥藤さんは昭和12年にこのまちにやってきます。両親が仕事を求め炭坑で働くことになったことがこの地に来たきっかけです。
 「愛媛の山の中からこのまちにやってきました。いずれ帰る予定だったのですが、そのまま宮若市に住むことになったのです。当時は竹とんぼや水鉄砲、竹馬などを自分たちで作っては遊んでいました。友人の中でも器用な方だったことから、いろいろな遊び道具を作りましたね。学校の宿題を頼まれて作ったりもしました。でも、学校の先生にはお見通しのようでしたが…。

 そんな私の活動を通じて平成6年、一つの契機がありました。当時の宮田町教育委員会の協力により、自宅の一部に「みんなあつまれあそ子どもたちの笑顔があればそれだけでいいびの家」という小屋を作ったんです。放課後の子どもたちの居場所をつくるためです。この施設を開設してからは、学校帰りなどに子どたちが遊びにやってくるようになりました。

 私が『ランドセル置いて家の人に行き先を伝えてまたおいで』と言うと、息を切らせながら戻ってくるんです。それから駒や竹とんぼなどを作っては遊んでいます」。

 一カ月の半分は市内外問わず学校から依頼が入り、出前講座に出掛けるという奥藤さん。その活動の幅は子どもたちだけにとどまりません。 
 「
1120日には病院のデイケアで講座を行いました。広告紙を使って駒を作りました。駒を回すことは高齢者の指の運動に最適とのことで、皆さん楽しんでくれました。私も今年で83歳になります。これからも子どもたちが顔を出しに来てくれるのを楽しみにしたいと思います」。






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