「酒は人間の友・・・」
        
 ある冬の夕暮れ、人生に疲れたような老醜の男が歩いていた。
「近頃はきつい、忘年会今日もか」 とつぶやきながら宴会場についた。
 サークルの忘年会だった。
 二十人ほどが既に沸き立っている。
 七割近くが中年女性、残りは老年期の男性の隅に、その男は席についた。
 宴会が始まって間もなく、隣席の年頃五十ほどの女性が、話の弾みに、その男へ、
「私ね、日本酒だったら五升ぐらいは飲めるよ」ときた。
 そのとき間を置かず、その隣のやはり同じ年頃の女性が、
「私もそれぐらい飲めるかもよ」
 これにはその男は、男のメンツたる競争心がムラムラっときた。
「オレは、酒でつぶれたことはない。さあ飲もうか」
 さあ一合近く入るグラスに並々と注いでもらい、飲み始めた。
 お酒一杯一気に喉を通すと、口がへの字になり、すぐに酔いの回る男。
 その酔いの勢いもあって参加者一人ひとりとグイッグイッ飲みながら会場を一巡しはじめた。
 一時間足らずで都合二十杯以上、後半はもう酔いが回ってしまってか、めっちゃに騒ぎ、泥酔状態になっていった。 

これを見かねた誰かが送ってくれたタクシーから蹴落とされるようにして我が家にその男は辿り着いた。
 家のモンへの激しい酔狂は、山あいに木霊した。
 闇の時は、その男を眠りへと押しやっていった。
 その男の目が覚めた。
 その床の時計は朝六時頃を差している。
 男が弱弱しくぶつぶつ、
「あー、きつい。しかし頭は酔ってねえ。あれだけ飲んで酔わないとはおかしい。だが手が‥手に力が入らない。」
 直後、汗が、滝のようにその男の首筋に流れていった。
「仕事があるのに・・・どうしたものか。これは二日酔いではない。体がおかしい。こうやって死んでいくのか。大変なことだ。オレの至らなさでこうなってしまった。仕事に行けない。体が動かない。だけど、ど、どうにかして手洗いに行きたい。体が、足が動かない」
 それから五分ほどして這ってお手洗いで、小水を済ませて、
「ここで、いや廊下で寝ていたい。動かない。しかし寝床まで戻らないと家のモンが騒ぐ。喚く。どうしよう。」
 這いながら寝床に辿りついたが、布団を被る力がない。
 うつ伏せになったままいると、暫くして異様さを感じた家のモンが
「どうしたとあんた。救急車を呼ぼう」
 喉を絞るようにして男は、
「やめとけ。水を持ってこい。たくさん。飲むから」
 このままだとダメになってしまうと思ったのか男は水を無茶苦茶に飲みだした.

 だけどコップを口に持っていくのがやっとのようだった。
 三杯目あたりから家のモンが梅干しを入れた水を、うまそうにその男は飲んだ。
「電話を仕事場にしてくれ。休むとな」
 そうこうしていると午前八時頃になった。
「オレ、病院に行く。」
 家のモンが止めるのも振り切り自ら運転して病院に着いた。
 それから、二十日後、肝機能は正常値! 医者は、
「酒を少々なら飲んでよい」
 しかし、その男は、心の中で喚いた。
「これまでどれだけ飲んできたことか。酒癖の悪いオレ。エーイやめた。」
 それから三年たった頃、
「もうすっかり酒とは別れた」とその男は思った。
 その頃、同窓会のおり、同期生が、
「何、オレの酒を飲めんというのか。酒は人間の友というぞ。それでも飲まんのか、こっちへ来い。酒をぶっかけてやろか」……。
 その彼は、今はいない。
 年男になる一年前に世を去った。          (AF)