未来の学習
未来の学習から生涯学習を思う

Learning to be

  

Learning to be−The world of education today and tomorrow
(ユネスコ編 1972年)

                 

学ぶ喜びの地域づくりを考える会において、私なりに「まちづくりは人づくり」を考えた。

ここにその一端を述べて、みなさんの見解をお聞きしたい。(A.H)


 〔未来の学習から〕

 すべての人は生涯を通じて学習を続けることが可能でなければならない。生涯教育という考え方は,学習社会の中心的思想である。


「まちづくりは人づくり」を考える

             

               

はじめに

 未来の学習 Learning to be−The world of education today and tomorrow(ユネスコ編 国立教育研究所内フォール報告書検討委員会訳 1972年)を読んで、生涯学習のあり方を求めたとき、「共に学ぶ」精神が最も重要な視点にあるのではないかと思い、つれづれなるままに綴ってみました。

課 題 提 起

 生涯学習が推進されればされるほど、個の問題となるのではという声を聞きます。しかし、サークル活動などでは「楽しいから」「みなからいろいろ教わるから」といった共同の社会の良さをもって、生涯学習を進めている人をよく見ます。

 ここでは、
 
 @ 生涯学習は、そもそも「個の学習」ではないのか?
 
A 生涯学習は、なぜ「共に学ぶ」か?


 このように相矛盾することを考えようと試みました。

  さてその結末はいかがになりしょうか。





@生涯学習は、
そもそも「個の学習」ではないのか。
「共同の地域づくり」と矛盾するのでは?


 宮田町サークル「学ぶ喜びの地域づくりを考える会」において、「町づくりは人づくりを考える」テーマで勉強会がありました。
 その折の内容を基にしながら、次のようにまとめてみました。


 
 生涯学習は、「個の問題」であると思います。
 生涯学習が推進されればされるほど、個の問題となるのではありませんか。たしかに生涯学習は最終的には個人に視点を当てていると考えます。というのは、ある学者は、「生涯学習は、個が自分の学習したい内容を選んで、方法をも選び、自分で学習することである。これが生涯学習である」とまで言っているのです。だから、生涯学習を推進すればするほど「個」に行き着くと思うのです。
 だから、そのところの「個」と、重要な町づくりという「組織的」なものととどうかかわってくるのでしょうか。これは大変な問題ですね。たしかにある教育学者は「日本では、生涯学習を進めたときから。地域共同体というのは壊れると言うことは分かっていたはずだ」と言っているほどです。
 つまり、生涯学習は、所詮、個ということろに行き着くのだから、学習したくない人は、学習しないだろうし、たとえ学習したいという人でも、「私は私の学習したいことがあるのです。だから、他人からこんなことを学習したらと言われても『それには興味・関心がない』と言って学習しなくても良いという考えが通ります。ですから組織的なものといった、みんなで何かをつくろうということは幻想だ」と言って、さらに「そんなことを今の生涯学習は期待しているのではないのだ、と『個人の学習』『個人の生きがい』なのだ」と言っている人がいます。
 
 しかし、そのような事態になればなるほど、地域の団体活動が重要になるのではないかと、思うのです。というのは、「社会的なモラルはどうなっているのか」「心のつながり、連携、連帯感、という基本的な、人と人とのつながりはどうなっているのか。」「郷土愛、隣人愛はどうなっていくのか。」「地方の時代と言われているが、その町の個性づくりはどうなっているのか」といった市民性というか「市民として、町民としてどうするのか」といった個人の問題とは別のところで、組織性の問題が出されてきます。

 たしかに、西脇市においては、「市民の自発的な実践によって、いつまでも“住んでみたい”と感じられる町づくり、生涯学習の町づくり」を目指しているとのことです。
   



A 生涯学習はなぜ「共に学ぶ」か

 
  私たちが求める生涯学習に一貫して流れているのが「共に学ぶ」姿勢のような気がしています。それはなぜなのでしょうか。

 誰にも頼らず独りして学ぶことはできるかも知れません。たしかにそれも大事な生涯学習の方法の一つであり、また生涯学習のプロセスの一つなのですが・・・・。以前は生涯学習の意味合いからして、独りで?、複数で?、しかも相互に?、そのように学習形態を考えたことはありませんでした。
 
 しかし、我が学習の跡を振り返ってみますと、サークル、井戸端会議、研修会、講演会等などでありその中には、独りで学んでいる場面もある分けですが、そのような場合でも、実は、それら学んだことをサークルや話し合いの場で出し、広げ、膨らませて、そして、相手のレスポンスによって更に内容を深めてきたととらえています。

 たしかに、私たちは、独りで読書やお稽古ごと、塾等は、そのあと、必ずと言っていいほど、家族のものにその内容などを語り、そのレスポンスからまた自分の考えを取り混ぜながら反応し、双方向的に話が拡がっていき、考えや知識・技能が深まっていった経験を多く持っているのではないでしょうか。

 例えば、みなさんが何らかの方法で知った知識・情報等をじっと持ったまましていますか。それらの多くの情報は、皆さんのブレーンに保存してあるかも知れませんが、やはり、何かの場面ではき出したり、活用したりしているのではないでしょうか。

 とくにそのことが効果的なるのは、話し合い等、お人様のなかで、各人には、@問題を共有化しようとするといった態度がある。A対話をしているときは、対等の立場で話しを進めようとする気持ちがある。B計画などを共につくり、一緒に行おうとする態度がある。

 このように、私たちには、人と人との間で学ぼう、つくろう、共有化しようとする姿勢・態度があるのではないでしょうか。

 右図「生涯学習スパイラル」のように、絶え間ない生涯学習によってスパイラル的に人が成長していく様相を示しています。例えば、押し花、3B体操などのサークル開催の「情報」を得て、それらに参加し「体験」を通して人と「交流」する。その過程で反省、評価など自分を「見直し」て、さらに新しい知識・技能なりの「情報」を得ようとして新たな挑戦が始まります。
 このようにスパイラル状になり、人は無限に膨らみ拡がっていくと考えます。こうして「生涯学習する」とは「人と共に学ぶ」とでもいえそうです。たしかに私たちは、他の人から学ぶことが大切と言われていますが、これからはますます重要なことと言えましょう。

  



B 「個の学習」と「共同での町づくり」は交錯している?

 右図は、「西脇市の生涯学習推進計画」の中に記載されていたものです。

 これを見て、私は、@で述べた「個の学習」とAの「共に学ぶ」とが交錯している様子が、見事に表現されていると考えます。

 横の矢印の内容が「個の欲求」が自分自身を豊かにしていくことなります。
 Aの「共に学ぶ」ことによって、更に「共に学ぼうとする意欲・態度につながる」ことは、特に右図の交差している□(正方形)の部分に相当するのかな、と考えたりします。
 今後、この図をもとに「町づくりは人づくり」を更に考えていきたいと思います。皆さんから忌憚なくご意見を下さい。

  文責:宮田町社会教育委員
         藤渕 明宏
 
 生涯学習が人づくりになり、それが町づくりへのエネルギーとなる、いわゆる「町づくりは人づくり」になる様相を示してくれています。
 とくに生涯学習の推進は、「キラリと光るまちづくり」になっていくこと。それは「住んで良かったと思えるまち」というように「我が町を誇れる」ようにありたいと思っています。

 たしかに、良い町づくりをしようと自発的に立ち上がる力は、サークル、講話、地域のボランティア活動などの生涯学習の力もあろうかと考えます。上図はそれを明確に表しているのかも知れません。

 


宮若のまちづくりを考える会


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