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つるぎづかこふん


旧鞍手郡(宮若市・鞍手町・小竹町)で唯一の前方後円墳

若宮盆地を初めて統合した首長の墓とも


興玉神社



若宮地域を初めて統合した首長の墓

◆ はじめに
 小規模な若宮盆地には、500基ほどの多くの古墳が存在しているといわれています。その中でも主要な古墳の一つ、剣塚古墳を紹介しましょう。
◆ 位置と保存状態
 盆地の中央部、博多直方館の県道、及び黒丸川の近く、高野地区の丘陵にあります。まことにわかりやすい位置です。旧鞍手郡内唯一の前方後円墳です。上の図のように、後円部の先端は大正12年興玉神社建設のために削平されていますが、他は実に典型的な形を留めています。
★ 出土品
 残念ですが、古墳内からの出土品は、かなり古く盗掘にあっていたようで、しかも内部発掘調査が行われていないこともあって、ほとんどみられないようです。しかし、後円部の丘上に15個の埴輪円筒の列が発見されています。
★ 規模と価値
 大きさは墳長60m、後円部径30m、前方部幅30mです。 
 古墳は、盆地の主要な犬鳴川、黒丸川、山口川の合流点にあって、どの川の流域からも望むことができる好立地にあります。
 よって、若宮町史上巻(279p)には、「これは剣塚に葬られた人物のよって立つところが、一つの河川にそった小平野ではなく、広く盆地全体であることを示すと思われる。前方後円墳という墳形は任意に採用されたのではなく、地域を連ねる広範な政治連合のなかでの身分の反映とされるから、剣塚古墳はこの時期に若宮盆地を初めて統合した地域の首長の墓といえよう。」(原文)と記されています。
 つまり、古墳が広く盆地全体を見渡すことのできる位置にあり、しかも他に稀な前方後円墳ということからして、若宮盆地を初統合した首長の墓だろうということです。よければご見学ください。

参考資料「若宮町誌」(上巻)